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ふと昔の歌を聞く機会があり、次から次へと昔はやった歌を聞いた。

その頃は感じなかったが、上手な歌手が多かったと改めて思った。美空ひばりは当然としても、エリチエミもかなり上手だと再認識。広田美恵子も凄いと思った。黛ジュンも、とにかくいっぱいいたが、みな上手。青山ミチなんかも。

日本がまだ前向きで成長していく流れの中でのことだととよくわかる。

 それでいて、それらの歌手の中にある、よくわからないが、その人の運命のようなもの、、、というか、これからこの歌手がどんなことを体験して、世の中の裏を知り、おそらく芸能界特有の絶望も知り、そして再び自分の歌を歌っていく、、、自分には歌しかない、、というこれからの運命の種のようなものが伝わってくる。

本当に歌が好きだったのだろう。一世を風靡したそうした歌手の生涯にも、そしてそれを聞いて育った私たちにも、時の流れは同じようにある。

若い時代はいつしか過ぎ去り、人は最終的には老いていく。

誰もが抱く時の流れは、残酷なものだろうか、それとも何なのだろう。

確かにスポットを浴びて歌を歌っていた時代には、多くの歌手たちは何もつかんでいなかったと思う。むしろそれから利用され、捨てられていく流れの中で、おそらく自分というものを考えたことだろう。

それはサラリーマン人生でも同様ではないか。元気に一生懸命働いた時代は過ぎ去り、知らぬうちに会社のお荷物になっていく流れの中でしか、私たちは自分の人生をとらえられないとしたら、悲しいことである。

時の流れの中でいつまでも自分を失わずに前を見て生きるカギはどこにあるのだろう。

人や他人に自分や自分の価値を評価させないことではないだろうか。もちろんとやかく人は他人について話したり語ったりはするが、それを間に受けないことではないか。

一世を風靡した大歌手が、こんな人気は一時のきまぐれなもので、私はいつだって自分の歌を歌うだけだよ、、、と、もし思っていたとしたら、その後にプロダクションを首になろうが、人気が落ちようが、どうということもなかったと思う。

フジコへミングのピアノには、そうした香りがする。高齢になっても社会から評価されないで来たフジコのピアノには、ある種の怒りも時々織り交ぜはするものの、一人、夜の部屋でピアノを弾くことの純粋な思いが一貫して流れている。

人を壊すのものは、そして過去の栄光と満たされぬ現在との葛藤に悩む原因も、そこにあるのだ。

人や他人や社会からの評価が自分を支えているうちは、老いの運命から私たちは逃れることはできないのだ。

昔、セールスマンの死という演劇があったが、一人のセールスマンを支えているものは、若かりし頃の華やかな成功の思いであり、その幻想であった。それは年齢と共に現実との乖離を生じ、セールスマンはそれに耐えらずずに自殺する。

悲しい現実を認めるよりも、まだアメラグの英雄として歓声を受けている競技場の思いの中で死んでいくことをセールスマンは選んだのだ。

人が生きて、納得し、満足することは、とても難しい時代に入っている。

しかし、往年の歌手の中でも、今再び、人気があろうがなかろうが、歌うことに喜びを見出している人には、不思議な安定感がある。確かにそういうものだろう。

時の流れの残酷さは確かにあるだろうが、それは栄光化する自分がある場合には、大きくなり、栄光化をみずから消し去っていくことで、現実のウエイトを重くしていく流れでは、かなり違ったものとなる。

40代でしかできないものがきっとある。50代でしかできないものがきっとある。60代でも、70代でも、
また、死に行くベッドの中でしかできない偉大な現実想像だってきっとある。

成功は時たまの神の気分の賜物でしかなく、あんまり自分とは関係ない流れでの出来事だという認識と、一度固定化された成功やイメージを自分から壊していくことで、時の流れは常に若々しくなることだろう。

若さの喪失も、老いの嘆きも不要。生涯現役で死ぬときは死ぬ以外にない、、、そのくらいの認識が、50年くらい前の日本人には、実は当たり前のようにあった。

写真は昨日出掛けに撮ったカエル。フロッグといいますので、奇跡をもたらす縁起のよい動物の代表。これまでの弱点や喪失感や無気力で自分を不要におとしめていた方のための、フロックプレゼントです。

自由に飛び跳ねてください。

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昨日は、ほぼ一日にわたる長時間の講習を終え、出席者の皆さまは大変お疲れ様でした。

おそらく528Hzに関した世界で最初の講習会だったと思う。それを、「ゆほびか」という健康雑誌が取材をされ、急に開けだした周波数治療の道をまさに指し示す流れだった。

内容は反省点が多々あります。最初の試みということもあって、どうしても原則的なことが多くなったが、もっと具体的な治療法としての周波数利用のノウハウなど、確かに必要だったと思う。これについては、いずれまとめたいと思います。

昨日の講習ではト―ニングという声と528Hzを合わせることに力点があったが、あとで周波数分析を行うと、女性の大部分の方々が正しい周波数を出しているのですが、私の声は男性ボイスなので、528は出ない。

そこで一オクターブ低い周波数、すなわち半分の周波数となって同音程を出したのだが、倍音は豊富なため、どうしても私の声に引きずられるようになっていく。そのため、音程が不安定になり、戸惑っていることが、音の分析から見えてきた。

分析の結論を言うと、愛先生が声を出さない方がよかった、、、、ということになってしまい、身内から責められた。

責められた、、、というのはウソだが、結果的にそうなっていたのかもしれない。自分的には、自分が声を出して、みんなをひっぱらなくては、、、という甘い考えがつい先に出たのだと思う。

やっぱりおひつじ座の月なんでしょうね。こういうのは。528最初の講習なので、どうしても引っ張らなくては、、、の意識がつい出てしまったのだと思う。

私が出なければ、おそらくきれいに528を出していた多くの女性たちの声が中心音となって、それに合わせるようにおそらくきれいな倍音と528の響きがもっと出たのかも。

しかし、それでも大勢の方々の体や心が、段々とほぐれて行って、不思議な安心感が漂うにして講習は終えられたような気がします。

そこで思ったのですが、528については、これからも基音として取り入れていきますが、さらに自由な発声の表現としての世界の追求もやりたいと思った。

528は治療として間違いなく優れていることは、昨日改めて思いましたが、これについては、具体的な治療法としてのノウハウの確立を目指し、その教科書が必要だということ。これは年内にやるつもりです。

さらに、528をひとつの基音にする発声をとりいれ、その全体構成としての作品づくり、、、このアイデアが突然湧きました。

具体的に言いましょう。昨日もイ―の母音発声でやりましたが、倍音を出すためにミンミンゼミを真似る、、、という発声の仕方を行いました。

まるで教室が突然真夏の森になったような気分でしたが、これは素晴らしいと思った。

せミにも色々な種類と鳴き声があるので、これを全員にパートわけし、もしくはいくつかのセミの鳴き声を表現して、朝の森、、昼の森、、、真夏の真っ盛りの森、、、、というように、数種類のセミが鳴く森のイメージを再現するセッション。

これはセミの声とその世界、さらに人間の世界とが混然一体となる、生きとし生けるもの、、、そこに存在する自分と世界、、、、すべてがただある、、、という哲学の究極の認識に至る、うそでない体感になると確信。

名付けて、「倍音セミしぐれセッション」。これを大人数で行うイメージがわきました。これは528のおかげです。命につながる基音があるため、安定した企画が誕生するのです。

この倍音セミしぐれセッションは、参加しても面白いし、聞いていても迫力があると思います。もちろん癒し効果は最高のものとなるでしょう。

一日をかけて、いくつかのセミの鳴き声を学び、他のセミパートと合わせて、表現を磨いていく。さらに倍音発声を高めていく。私が準備さえしておけば、おそらく3時間もあったら十分にできると思います。

そして全体合唱のリハを終え、たとえば、日比谷公園などに行って、実演してしまう、、、、まあ、聞いた人は驚くことでしょう。そして喜ぶことでしょう。突然、セミしぐれが日比谷公園を襲い、本当のセミと合唱となって、不思議な世界を開いてしまうのだから。

絶対に喜ぶと思う。わからないけど。

また、あらかじめ、どこかの放送局や音楽事務所に企画を伝えておけば、即、セミしぐれ合唱団としてデビューできるかも、、、もしそうなったら、ニッポン放送の人に尋ねてみよう、なんて。

デビューはどうでもいいけど、パフォーマンスとしては、また、新たな芸術として、本当に面白いと思うし、やっている方にも、聞く方にも、感動が残せる。パフォーマンスというよりも、やはり、これは芸術ですね。しかも誰にでもわかる。

周波数を知ると、こうして音楽の概念が突然変化してくるのではないか。しかも、それを演奏するのは、特別な歌手でも才能豊かな人だけではない。地の声で、普通の人が、多少の倍音発声を学び、さらに基音528を使用しさえすれば、感動の音楽が作れてしまう、、、

昨日の講習で得たことは、実用のテキストの必要性。そしてもう一方で命につながる音表現の追求の二点が、528に課せられた、今後の課題であるということでした。

とにかく、本当に長い時間ありがとうございました。遠方からいらしてくださった方もいて、お疲れ様でした。皆さま喜ばれて帰られたことが、何よりうれしかったです。ありがとうございました。



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現在の中央を高く評価する人は少ない。中央とは、政治であり官僚であり、大企業であり、検察であり、マスコミなどである。

本来、一番信頼され、民に安心を与えてくれるものでなくてはならないのに、もっとも信頼できない、ウソの塊だと思われている。

そうした危惧は実際にその通りだから、中央はもうすぐひっくり返る。これは自然の摂理だから仕方ない。

民に普通の生活を送らせないような混乱を与え、自分らの保身のみに力を入れている中央には、存在の意義はない。

もうすぐやってくる日食では、こうした中央の最後を確定するような事柄が起こるはず。それが何かはわからないが、変わりに浮上するのは、民であり、目覚めた民衆だ。

小沢が控訴されるようだが、本当にそうやっていいのだろうか。小沢を追い詰めたい一派としてはそれしかないのだろうが、もしかしたら逆にはめられてはいないか。

この裁判自体の不当性やインチキ性は、この裁判が長引くほどにつつかれるわけで、根こそぎのインチキがいつ露呈してしまうともしらない。

なので、小沢を世に出したくない一派にとっては、控訴は本当は危険である。しかしやるしかないというところまで、追い込まれているということなのだろう。

小沢が悪という印象付けにはかなり成功したとは思うが、しかし、犯罪とか共謀とか、まれにみる悪質とか、マスコミは言い続けているが、一体、何をしたのか、、、何が凶悪事件なのか、凶悪犯というのは、どういう嫌疑なのか、、、マスコミは誰も何も言わない。

小沢が金を外国人から献金を受けたとか、アメリカからわいろをもらっているとか、何か、そうした具体的に凶悪な事柄が嫌疑であるのなら、まだ分かるが、一体、どういう嫌疑であり、その嫌疑のどこが凶悪なのかを、教えてほしいと、そろそろ国民も思いだすはず。

小沢の前にも、もっと凄いはっきりした嫌疑がたくさんあるはずで、小沢の書類上の、慣例上のミスが凶悪だとすると、日本を恨むような海外の団体から献金をもらった嫌疑などは、それだけで死刑に当たるような大きさにならないか。

なのに、そちらの方の嫌疑はそのまま。何のおとがめもないというところに、小沢事件のおかしさ、、、インチキさが、誰の目にも見えてくるころではないか。

その意味でも、いずれ中央は損をすることになるだろう。それでも目の前の事態を防がなければならないというほど、事態は切迫しているのでしょう。

アメリカ支配層も中国へ行ってさかんにお金をせびったが、おみやげなしという話しも聞こえてくる。なんだか、本当に切羽詰まっているのではないだろうか。

銀行の一斉格下げももうすぐ起こるというし、これまでの中央にあったものが、本気でひっくり返る時を迎えたのでは。悪あがきはまだあるとは思うが、落ちた犬は叩けで、もう日本以外のどの国も温情を見せることはないと思う。

日本はアメリカに戦争で負けたので、その時の支配構図がそのままあるため、最後までアメリカに着きあう運命があるようで、日本人を殺してでもアメリカは生き残る、、、、という判断なのでしょうから、国民のための政治などされたら、日本の中央は持たないということでしょう。

鳩山と小沢ラインが消されたのも、そのためですが、となるととことん日本の民は虐げられますね。

しかしその心配は不要。私はいざとなれば、必ず民が浮上してくると思うからです。

大混乱の中で、上に言われるのではなく、何となく感じた方向に沿って、日本の民は新たなことを始め出す、、、

強権によって大量のペンキを海岸にまき散らして、砂の色を変えようとしたって、変えられるものではない。

しかし、砂の一粒一粒が自分から色を変えたとしたら、一晩にして世界の砂の色は変わってしまう。

民の力を見せる時が近づいており、民の中の一部は、中央に頼らない生き方を実際に編み出し始めている。

東電がなくなり、原発がなくなり、エネルギーが自由に作れるようになったら、あっという間に今の中央は潰れる。だからしつこく、現体制を維持しようとしてでたらめなことをやっているわけだが、でたらめさが、もう誰の目にも見えてしまっている。

とくに、子供の命を守る母や女性たち、、、虐げられている時給生活者、、、リストラの危機を抱きながらじっと我慢して働いている一般の民の目を、もうごまかすことなどできはしない。

戦車も、金の力も、ウソの情報も、もう民をだませないようになってきた。

きっかけさえあれば、何もかもがあっという間に変わってしまう。限界を超えたインチキは、もう日本では通用しない。そのことを経済界も政治もマスコミもわかっていない。自分がバカだから他もバカだと思っている。

今年は大きな変化がきっとやってくる。その入り口がまさにおうし座新月から続く、先日のうえさくのスーパー満月。さらに21日の日食へとつながる一連の天体の変化だ。太陽も動きがなんだかおかしい。

インチキ種会社が世界中の裁判で負けだしている。当たり前のことが当たり前だと主張し出し、あまりのインチキはどんな手を使ってもすでに維持できなくなりつつある。

小沢裁判も同様だろうから、おそらく控訴は棄却されるだろう。そうでもしないと、中央はかえって返り血を浴びることになる。それどころか、ひっくり返るかもしれない。

日本に限らず、もうどの国の民も、今の中央に人類の運営など任せられないと、そう思いだしている。

こうした変化がなんだか日食にむけて急に置きだしているような気配を感じます。日食の影響はその後半年以上は続きますので、年内には大きな変化があることでしょう。

さて、5月21日の日食はふたご座新月なので、私は記念してエクリプスソープ、エクリプスプレミアムを制作するとお話していましたが、たくさんのご予約をすでにいただいており、ありがとうございます。

もうひとつ、純銀タリスマンもふたご座新月から制作に入ります。エクリプスから制作を開始する純銀タリスマンは、「369魔法陣」です。

すべての要素は数字にあるという魔法陣。その中でも横縦、ななめ、どこから数えても369という弥勒数になる特別な魔法陣が「369魔法陣」です。

ふたご座新月、さらにエクリプスというめぐりあわせを積極的にとらえ、宇宙本質を表示する魔法陣の中でも最強と言われる369魔法陣は、激動の時代に必ずあなたの強い守りとなってくれるでしょう。

美しい額入りの純銀10グラムの369魔法陣を、お部屋に置くことで、数霊の結界が張られ、傷つきやすい神経をなだめてくれるでしょう。写真は369魔法陣。写真の小型額に入れてお届けいたします。

本日から公式ショップにて受付開始です。

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人の生き方が段々と分化してきているように感じる。これまでの機構やシステムにしがみついて生きていくのがが、みんなで渡れば怖くない派。

もう一方は、最初から甘い汁を吸える立場などにない一個人が、自分の力で生きていくしかないと、なかば焼け気味に、独立心を持って生きて行く派、とでもいえるだろうか。

どちらが有利かは現時点では難しいかもしれないが、だんだんと後者が有利になっていくと思う。

一見、しがみつく機構やシステムがある方が有利にも思えるけど、最近はどこも実力主義になっているので、安全な組織もシステムもなくなりつつある。

一方、何も頼るもののない一個人は、最初から不安からスタートしているので、金欠や将来の不安などにも、慣れっこだ。そしていよいよ、今の時代は、こりゃだめだ、、、と思えるので、甘えもない。

心理的にしがみつく者と、最初から捨てている者とでは、後者の方が有利と言える。

しかも、後者には、せいぜいあてにならない仕事やバイトしか収入の道はないので、だんだんと先細りになるわけで、いつか何かを始めなくては、、、、という気持ちがあり、チャンスに際して、飛びつきやすい心理的構造がある。

まあ、用心深い人はいるかもしれないが、用心も何も、もうあとがないと思えば、誰だって動かざるを得なくなる。

ソ連が崩壊過程に入った際も、これまでの組織信仰やシステム信仰を持っていた人は、いざという時も、もうダメだ、、、という状況を見ても動けなかったという。

 後生大事にしていた虎の子の貯金は日ごとにその価値を目減りさせ、最期には無一文になってしまった。

それでも動けない人は動けない。最後まで動けない人は、組織信仰者であり、国家信仰者だったのだ。

 何かに自分を助けてもらいたい、、、しがみついていたい、、、、という体制派は、新しい時代に生き残ることはできなかった。

やけになって酒をくらい、愚痴を言いいつつ、多くの人が死んでいったという。

似たようなことがこれから世界で起きるのではないか。ソ連崩壊を東西ドイツの壁が壊れたときからとすると、あれが確か1989年でしたっけ。それから23年。

23年遅れて今度は世界が崩壊をスタートさせる。しかしそれはすべての崩壊ではなく、崩壊すべきものが崩壊していくだけで、そこから新たな生き方を構築できる人にとってはチャンスとなる。

それは、これまでのシステムに安穏としていた人ではないし、システムを信仰していた人ではない。

日本ではバブル崩壊以降、長いデフレが続いた。デフレというのは、人の才能ややる気はかえって邪魔になる時代で、何もしないで大きなシステムに隠れていることが、安泰である時代。

リスクあることなど何もしないのがよく、古い体制はなんとかそれによってしのいできたと思う。

しかし、デフレも行きつくところまで行き、それが本当のデフレというよりも制度的なデフレであり、社会システムの限界をデフレによってごまかすことで、雑巾を絞り上げるように、国民生活への貧困強要によって一部の者のみを潤わす内容だった。

時代はそのお陰で、発想力も創造性も劣化してしまい、社会には命を失う状況が訪れた。もう新たな時代を作る力もやる気もない。なので現社会の崩壊はもう時間の問題である。

これからは、勝手に生きていく、、、という個が新たな時代の中心に躍り出ることになる。

ソ連崩壊ではこした役割を目先の鋭い金融勢力や企業がどさくさに紛れて行い、財を独り占めしてしまったが、これからは違うと思う。

さらに個のレベルでの助け合いや、新たな発想や、秘められていた科学技術の利用によって、個が生きやすくなるような変化につながっていくと思う。

 東京や大阪集中とは違う、地域化が始まるだろう。それも地域経済というより、さらに個別での、その地域独特の生き方、、、生活の仕方、、生計のたてかたになっていく。

要するに人間は、ただ生きていければ基本的によいわけで、特別なものが特に必要というのと違う。

人間は成長するものだとか、前進するものだとかというと、一見素晴らしく思えてしまうため、どうしても、集団で道を誤るし、一方向に操作されやすくなる。

本当は、そんなことはすべて嘘っぱちで、個が快適に生きていければ十分。何を伸ばし、何を習得し、どう成長するかは、個が決めることであって、周囲がどうのこうの言うこととは違う。

本当の社会福祉は、要するに、ただ生きて行ければいい、、、そのレベルでの確実なものが与えられればいいわけだ。人間成長神話が、実は宗教支配を生み、思想支配を生み、経済支配を生み、多くの人間を結果的に殺し、支配し、悲しませてきたことを、早く覚るべきでしょう。

人類の長い歴史の中で何が一番大切だったかは、それは通常の普遍的な生活以外にない。これが人類を数百万年にわたって生きながらえさせてくれた源で、決して宗教や思想などがあったためではない。

もうごまかされないこと。人間にとって唯一大切なことは、生活者としての自立であり、それ以外にない。

みなが生活できることのみが大事なのだ。
そこをだまされないように。

そんな、人間に生まれた以上、動物ではないのだから、神を知る高度な気持ちや、、正しい生き方を学ぶことなどが、、、、、と、口では言えるが、本当はそういうものの方が、人類によくない結果を残している。

神は宗教の中にも、国家の中にも、もういない。命ある者がこの楽園で生活し、結果として喜びを抱くこととなり、創造者への愛と歓喜を思わず体現してく、、、そこに芸術や表現が生じていく、、、それは生活あってのことなのだ。

喜びの生活があれば創造者を知ることも芸術の喜びを知ることも当然の流れであって、誰かに強要されるようなものではない。

生活者としての充実なくして、神も倫理もない。

神も倫理も生きがいも成長も、生活者としての喜びが先にベースとなって現れる。子どもを見ていればそれはすぐにわかるだろう。子供に服を与えず、食を与えずに、神のことなど説く者がいるか。いたら頭がおかしい。生活が先なのだ。

善悪の判断、、、成長、非成長の判断、、、血筋や民族の判断、、、あらゆるそうしたものより、生活者としての尊厳が優先する。そこからスタートしないものは偽りなのだ。

個が工夫し、新たな技術を取り入れ、個の生活を、会社にも国にも頼らずに、達成させる。これがすべての出発となる時代がもうすぐ訪れる。

しかし今の時代は、まだ会社に行き、バイトをしない限り、生活が成り立たない。だからまだインチキな時代である。

しかし、神や同義や思想を持ち出して、国民から搾り取って文明は、個の生活までも奪い取る段階に来て、行き詰まり始めた。

どんな時代も、生活者の安寧が与えられなくなったら、その時代は終わる。それが政治の原点だ。

なので、個が色々な生活の仕方、、こうして生きられる、、、という生活の方法を数多く実践し、個が、死につつある組織や機構やシステムから離れて生きることで、新しい時代が誰と戦うこともなく花開く。

そうした新しい生活者の方法は、みんなで渡れば派からは永遠に出てこない。勝手に生きれ派が、新たな地平を見せてくれることになる。

電柱がなくなり、水道管がなくなり、ガス管がなくなる時代は、個が個で生活できる新しい時代の幕開けとなる。

東電の消滅が意味することは、実は非常に大きなことなのである。


昨日ご案内した、代官山のセミナー「星占いの話しやマドモアゼル・愛先生の世界」が、すでに定員に達したということです。本日で締め切らせていただきました。ありがとうございました。23日、楽しみにしております。


本日はもう一つのお知らせが。
こちらも長年、仕事でご一緒させていただいた、数年前に独立されたSさんが、私の恋愛哲学に関心を抱いてくださりました。Sさんとはかなり長くお仕事をさせていただいた関係で、恋愛哲学や、失恋哲学を話しあう機会が多かったわけです。

その中で、とくに復縁哲学に関心を持っていただき、このたび、私の復縁哲学をモチーフとしたサイトを立ち上げられました。

このhpにもバナーを貼り付ける予定ですが、もう少しお待ちください。アメブロの「みずがめ座時代」というhpではすでにバナーが貼り付けてあり、ご案内が可能です。

復縁のサイトには、私の復縁哲学が詳しく語られていますので、機会があったり、復縁に関心がある方はぜひいらしてください。

復縁サイトについては、また、バナーが用意され次第、詳細を語りたいと思います。

復縁は男女の恋愛関係での復縁のことです。


13日には、MIチューナー528Hzの一日講習があります。すでにお申込みは締め切っておりますが、こちらも楽しみです。

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東京の代官山の、サロン・ド・コロナというサロンにおいて、下記のような私のセミナーの企画があります。

場所は、代官山にあるエジプト大使館のすぐ隣で、脇にある、人しか歩けない小さな坂道の階段を下りていくと、途中の左側に入り口があります。以前、三宅一生さんの御自宅あとだと思います。

静かなたたずまいのサロンです。

 ここにお務めのH氏とは長年のお付き合いがあります。披講の学習仲間でもありますが、そのH氏がぜひにと、私のセミナーというか、自由にお話しする会のようなものを開いてくださる、、、ということになりました。

 占星術の話しから、不思議な話しや心の話しや、近未来のこと、美容のことや、さらに和歌や倍音の実践など、楽しみたいと思います。

 また、H氏と一緒に和歌の披講も。和歌には物事を達成させる言霊があるので、それを声に出して、とくに倍音発声によってその実現を高めるなど、できたらみなさまと一緒にやりたいと思います。

 参加のご希望は私のところではなくて、下記のお電話やメールなどで、直接にお申し込みください。

ウイークデイの水曜日の春の夜、、、代官山でお会いしましょう。



サロン・ドゥ・コロナ

       サロンセミナー in 代官山



  「マドモアゼル愛先生と語る愛のセミナー」

 日時 : 20012年5月23日(水) 19:00~21:00

 内容 : 星座の読み方などマドモアゼル愛先生の世界
 会場 : 代官山 サロン・ドゥ・コロナ

 参加費: 4,000円
 
 お席 : 限定25名様

お申し込み先: (株)コロナ興産 サロン・ドゥ・ コロナ

〒153‐0042
東京都目黒区青葉台1‐5‐2 代官山IVビル B2F

TEL:03‐6416‐4765 FAX:03‐6416‐4768     E‐mail : salon_de_corona@gd6.so-net.ne.jp

お申し込み締切日: 準備の都合上、5月16日までにお申し込みください。

サロン・ドゥ・コロナのホームページで会場の地図など、詳細が確認できます。



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